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TAUYO
GUITARIST
HISTORY vol.2

飛翔編
1998年ようやく一年分の生活費がたまり念願のアメリカ行き。 場所はロサンゼルス、イングヴェイの跡をなぞりたくて他の場所は考えず。 クレジットカードはなく、分厚いトラベラーズ チェックを持って妹にだけ行き先を告げて初の海外挑戦。 初にもかかわらず着いた当日のホテルの予約のみで後は何とかなるだろうと・・・・・今なら絶対出来ない無謀さ。

風雲篇
ロサンゼルス。 足を棒にして「地球の歩き方」を頼りに半月かかってダウンタウンに腰を落ち着ける。 路上パフォーマー、有名な楽器屋、MIなどをみてまわる。 知らない人の自宅パーティのバンド演奏に耳を傾けたり、同じホテルのギター弾きとセッションしたり、ハリウッドの有名ギタリストに運よくレッスンを受けさせてもらったり(その時のフレーズから SOUL ALIVE が生まれる、君はギターで会話がで出来るといわれ勇気付けられる)。 そんな中現地でプロデューサーをしてる方と知り合いデモテープを聴いてもらう。
SOUL ALIVEタウヨウ
00:00 / 05:29

回天編
日本人でMIの卒業生の方なので細かい話は全く問題なし。 得意の速弾きはそこそこ認めてくれたよう。 しかしそこで「他のジャンルでもやっていく気はある?」という質問が。 自分の答えは「自分のこのジャンル(メタル)でやっていきたいです。」 その後その方からの連絡はなくなる。 紹介されたMIに見学に行くと講師や生徒のあまりのレベルに度肝を抜かれる。 その後サンタモニカに場所を移す。 浜辺で日本に向かってギターを弾く日々。 踏ん切りをつけて半年ほどで帰国。 消息不明状態だったので死亡説が流れる。 数ヵ月後京都も引き払って地元の福山に戻る。
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